高校 ひとりぼっちの女がクラスでつらい理由

ぼっち女はコレを読んで、勝手にふるえてろ

ぼっちの高校生(特に女)に読んでほしい書籍がある。

 

高校 ぼっち 女

底辺女子高生 (幻冬舎文庫)

(☆ ありがたいことに、書籍を購入しなくともWEB上で読めるようです)

 

無理やり砂を飲まされたり、トイレで水をぶっかけられたり、そういった、極端な仕打ちを受けてるわけではない。

 

 

いじめらているのか?

 

といえば、そのレベルにまでは達してない。いじめられっ子にはなりきれていない。

 

 

でも、「格下」のポジションにいることは間違いなく、常日頃の学校生活において、周囲から「軽視」され「軽んじられている」

 

 

自分の価値は、「バカにされること」「おもちゃにされること」で成り立っている。

 

 

ここまでの文章で、

 

あれっ…

 

何か引っかかりを感じた人がいたら、読んで損はないと断言できます。

 

 

著者は元女性作家で、読んでいて女子のほうがしっくりくるであろうことは間違いないものの、

 

 

男子でも、私のように同様に残念なポジションにいる(いた)人には是非オススメしたい。

 

集団内で、「格下」をあてがわれてきた人間には、きっと響くはず。

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クラス替を堺に始まる悲劇

高校2年生、クラス替えが行われ、理系文系に別れての新しい教室での学校生活。

 

著者は高校1年までは、それなりにまともな学校生活を送っていたよう。

 

しかし、2年次、クラス替えが行われ新しいクラスがスタートしてから悲劇が始まる。

 

新しい教室に入った時、私は瞬時に「やばい」と思った。<中略>十五人の女子の顔を見渡してすぐに。――私が「一番下」だ! どうしよう、と思った

 

この描写が、ひりひりと痛い。

 

思えば、私のぼっちも、高校2年のとき、理系・文系クラスに別れてから始まったのだった。

 

あっ、このクラスじゃ俺ダメだわ、終わった…

 

初日にして、その後の1年がどういった学生生活になるのかを、瞬時に想像できた。

 

この描写部分で、あの時の感覚が昨日のことのように呼び起こされます。

 

 

一応、努力はしてみたのだ。何とか、輪の隅でもいいからいられるように、

 

 

異性(女子)からの評価など二の次、三の次で、下ネタを頼りに、無理やり皆の気を引こうとしたり、会話に乗っかろうとしたり…

 

何とかして、クラスでひとりぼっちを回避せねば!

 

途中までは何とか踏ん張ったものの、でもダメだった。

 

5月を過ぎたあたりから、緩やかに弾かれていった。夏休みも近くなると、もう完全にひとりぼっちだった。

 

具体的に何が違うというわけではないのだ。

 

例えば、クラスの中でいいポジションにいるSと自分とで、しゃべる会話の内容にはそこまで違いがないように思えた。

 

一時期、Sの喋る言葉にずっと耳を傾けていたこともあった。それでも自分の発する言葉の構成とHのそれでは、何か決定的に異なる部分は見当たらなかった。

 

むしろSのほうが、当り障りのない会話であった気すらする。

 

その新しいクラスに於いて、私はもう、何をしようと無駄なポジションについていた。ギャグは痛々しくなるばかりだろうし、その辺の女子におはようと声をかけることさえ許されない雰囲気があった

私の伝えたかったことが、的確に、この引用部分に集約されています。

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結局、輪の中に入れてもらえるか否かは、会話が面白いとか面白くないとか、そういったコンテンツの内容とはまた別次元のところで決まるんだと。

 

容姿の良さとか、勉強、運動の出来不出来とか、笑いのセンスとか、人間のスペックを一つづつ項目分けして、そのトータル的な数値が高ければいいといった、そういった単純なものではなく、

 

もうちょっと曖昧な感じ、人間のオーラというか、

 

それこそ一言で表現するなら、「格」といったものの違い。

格下の気持ちを代弁してくれている

クラスから格下認定をされる、ぼっち女子、ぼっち男子、

彼らが抱く、得も言われぬ、悔しさが渦巻く感情、それが以下に表現されていると思う。

行為ひとつひとつは、たいしたことじゃないのだ。<中略>でも、そういう「どうってことのないこと」の裏に見える意識が許せなかったのだと思う。こいつにはなにをしたっていいのだ、こいつがどう考えようと関係ない、と思われていること自体が耐えられなかった

いじめられているわけではない。

 

でも目に見えないカタチで、確実に、自尊心をえぐられている。

 

ひとりぼっちはひとりぼっちでつらい。

 

が、集団の中にいた時は、それはそれでつらかった。

 

グループ内での格下の役割は決まっている。

 

良くいえばマスコットだが、要は踏み台みたいなもん。

 

例えば、昼休みの時間、格上男子何人かと私が雑談しているとする。

 

そこに女子が複数人現れ、会話に入ってくる。

 

男子と女子が集まれば、やれ恋愛話に華が咲く。

 

しかし、私のような格下男子に恋愛を語る身分などあるはずもなく、当然のようにだんまりを決め込む。

 

すると、イケてる男子のうちの一人が、

 

○○(←○○は私の名前)なんてどう? つきあっちゃえば?と、女子にネタをふる。

 

それに対して、

 

えーやだあー、お断りします、ごめんねーなどと、女が返事をよこす→どっと笑いが怒る

 

この流れ、このパターン。

 

私にすれば、好きでもない相手に無理やり告白させられて、あげく振られた格好になるという。

 

プールの飛び込み台に立たされて、後ろから背中を、バンって押されたようなもんだ。

 

正直、たまったもんじゃない。

 

でもこれがいじめかと問われれば、そのレベルにまで達しない。

 

それは愛されている証拠だよ、愛情表現だよなどと、なぜか美談で片付けられる。

 

しかも、笑いというのは残酷で、その場が笑いの空気に包まれてさえしまえば、対象となった人間は、どんなに傷ついていても、その空気を呑まざるを得なくなる。

 

こうやって、日々、ノックダウンしない程度の軽いジャブを受け続ける。

 

であれば集団から弾かれて、ぼっち生活を送ったのは幸運であるとさえ思える。

 

とにかく、悔しくて悔しくてたまらない。しかし具体的にどういったカタチで反抗を示していいのかわからない。

 

でも何とか一泡ふかしてやりたいという、この葛藤。

 

読んでもらえばわかると思いますが

 

著者はこの後、『登校拒否』というカタチで反抗を具体化しました。

 

一方で私は、

 

『勉強しまくってバカにしてるお前らよりもいい大学に入学してやる』

 

というカタチで具体化しました。

 

そして、その抵抗はあえなく無力に終わりました。

 

私も、おそらく著者も。

 

ここまで紹介した底辺女子高生には、実は続き(といってもいい作品)があります。

高校生 ぼっち 女2

大きらいなやつがいる君のためのリベンジマニュアル (岩波ジュニア新書)

 

底辺女子校生時代に味わった苦痛や傷、葛藤を、

 

著者なりに、こんなふうに自分の中で落ち着かせたという

 

いわば底辺女子高生【解決編】のような位置づけにある書籍です。

 

こちらの書籍はWEB上では読めないんですが、

 

高校生活がつらいと嘆く、ぼっち女、ぼっち男には是非、読んでほしい。

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